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渡辺淳一さん著書の「エ・アロール それがどうしたの」(角川書店刊)を読みました。
この作品の内容は現代のシニアエイジにとって画期的なこととして映ったでしょう。
老人ホーム生活もなかなか楽しそうじゃないかと…。
この本の内容は東京・銀座の一等地にあるお洒落な老人ホーム「ヴィラ・エ・アロール」を舞台に、そこへ入居している老人達の自由奔放な生活ぶりと恋愛騒動を描いた作品です。作者の渡辺淳一氏はこの著書を書く為にわざわざアメリカの老人ホームへ取材しに行ったといいます。
私は現在、アメリカ人と結婚し、アメリカと日本を行ったり来たりしている生活を送っていますが、アメリカで日々感じることはアメリカのシニア世代は全般的にアクティブだということです。
主人の母は現在、74歳ですがアリゾナ州、フェニックスの近くでコンドミニアム(日本でいう3LDK のマンション)に独り住まいをしています。一人の生活では、普段は寂しいのではないかと思っていました。ところが、たまに電話をするのですが、留守電のメッセージになっていて、日中は自宅に居る様子ではないのです。
その後、義母の近況報告を聞くと、なんとその忙しいスケジュールに私は唖然とさせられてしまいました。
義母はボランティア活動や近所の町会長もしており、ミーティングやパーティー・お茶会・ランチなどのお誘い、スポーツクラブ、デート、たまに旅行と駆けずり廻っていました。在宅中でもおしゃれに気を配り、ピンクや赤などの色鮮やかな装いを心がけており、年齢よりもずっと若くみられます。
ほとんどのアメリカの家では子供たちが高校を卒業すると同時に家を出て自立するので、この時点で、親は親の生活、子供は子供の生活とくっきりと分かれてきます。
そして子供が自立した後、家を買い換える人が大多数です。
部屋数の多い家は売り、リタイヤメントホーム(老人ホーム)やリタイヤメント コミュニティー(老人タウン)、コンドミニアム(マンション)、アパートメント、リクエティショナル バーシェル(キャンピングカー)など自分たちの第2のライフステージに見合った場所に移り住みます。
老夫婦で自由な生活を謳歌するアメリカ人、また長年連れ添った相方が亡くなり一人になると年齢に関係なく、また次の恋愛も楽しみます。私の義母もご多分に漏れず、ボーイフレンドがおり、楽しいデートをしているようです 。息子である主人はこのことについて一切口を出しません。
お母さんが楽しく幸せな生活をおくっているのだったらそれでOKだからです。
日本でも最近は、恋愛や結婚を望む高齢者が増えているそうですね。ですが特に日本のシニアの恋愛は社会的な偏見がいまだにあります。例えば「遺産目当てではないか…?将来、介護をしてくれる便利な人がほしいから…?いい年してみっともない…!」などなど。
私は恋愛や再婚を機にまた新しい人生をやり直したい、孤 独な生活を送りたくないということはいたって健康的な考え方だと思います。
| 今までの日本の老後生活の既成概念 |
| ☆ |
子供(特に長男家族)と同居し子供に面倒をみてもらう。 |
| ☆ |
老いては子に従え |
| ☆ |
嫁姑問題 |
| ☆ |
孫を猫かわいがり。 |
| ☆ |
介護は嫁がするのが当たり前 |
| ☆ |
いい年して恋愛なんて…。 |
以上のように元気な老後でしたら、家族と楽しく暮らすことに大賛成ですが、要介護状態になった場合、子供たちが世話をするという負担はのしかかるということが当たり前でした。この長年の家長制度が既成概念にある現代のシニア世代に大きな歪が出てきていることも確かです。日本の「老いては子に従え!」という言葉 はここから来ていると思います。アメリカ人には考えられないことです。
しかし、今の都心部では特に核家族化した傾向にある世帯では親を引き取る、または介護するということが出来る経済的、精神的な余裕のあるところは少ないようです。
なので独り暮らしの老人や老夫婦だけの世帯も多く見受けられます。これも何だか寂しい気がします。
私は社会がシニア世代に対する今までのイメージを捨てるべきだと思います。
また同時にシニア世代自身が今までの老人の生活とはこうあるべきという既成概念を取り払うべきです。「エ・アロール それがどうしたの」の著書にあるように
今こそ、楽しく・気ままに・快濶に“エ・アロール精神”で暮らして欲しい!
―私は皆様にアメリカンなシニアライフを提案したいです。
| 追記:「エ・アロール」とは… |
「エ・アロールとは、元フランスのミッテラン大統領(故人)が、新聞記者の質問を受けたときに答えた言葉です。ミッテラン大統領には愛人との間に娘がおり、その真偽について記者たちは尋ねました。
それに対して大統領は、『娘はいますよ!エ・アロール(et alors)=それがどうしたの?』と一言つぶやいただけでした。記者たちはこの一言で追従はしませんでした。公の人であってもプライベート、特に恋愛に関することをスキャンダルにするというのは野暮な話だという表れです。渡辺淳一氏はこの言葉を引用したのですね。 |
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